「…あれ?」

くら、と揺らいだ頭と視界。金の目をゆっくり瞬きさせて、リヒルトは軽く額を押さえた。
おかしいな。今ちょっとふらついた?ふっと目を上げた先では相変わらず軽薄な笑顔がこちらを見ていた。
「どーしたんリヒルトー?」
「えっ…あ、いやなんでもない。」
「何、もしかして酔っちゃったーぁ?」
頬杖をついて、舐めるように見上げてくる樂。奥の奥まで覗きこみそうなその目に、ぎくんとリヒルトの心臓が跳ねた。
「いっ、いやそんな訳ないだろ。まだ1杯も飲んでないしさ。」
「ははっ、そーだよなぁ。大学生なら飲み会ぐらいしてんだろー?」
けらけら屈託なく笑う樂。
「こんなファミレスのカルーア1杯ぐらいじゃ、ねぇ。」
その目が一瞬うっすら開いた。リヒルトはまるで気づかなかったけれど。
「だよなぁ。んー…少し食べ過ぎたのかな。」
「自覚遅すぎだろアンタ。デザートメニュー制覇一歩手前じゃん。」
「えっ、そんな頼ませちゃったっけ…悪い。ていうかその…樂って言ったか。」
曇りのない金色に樂が映る。
「お前なんでそんなに奢ってくれるんだ?」
そう、言い終えた瞬間。
ぐわん、と鈍い痛みで頭が揺れた。え?と思ったっきり思考が霧散する。ぐらぐら、ぐにゃぐにゃ。溶解する視界の中へ為す術なくリヒルトは沈み込み…ふつ、と意識が途切れた。
「…最初に言っただろ?」
机につっぷしたリヒルトを見下ろして、唇に押し当てる人差し指。その手でくしゃりと鳴る薬の包装紙。
「暇ならゆっくりお話しよーよ、ってさぁ。」



どさっ、と乱暴に投げ捨てられリヒルトは意識が戻る。
痙攣する瞼をゆっくり開けると、ぐわぐわ頭が痛んだ。痛みに歪む目をなんとかこじ開けると、自分を沈みこませるシーツが目に入る。
「やれやれ、可愛い顔してもやっぱ男だねぇ。重てぇー。」
声のする方を緩慢に見やると、樂がばきごき首を鳴らしている。その背景にあるこじんまりとしたワンルームは、どう見ても見知らぬ場所だった。
「ら…く?」
「よぉ、いい夢見れたかいお姫様?」
にぃっと笑んだ樂は、遠慮もためらいもなくシーツへ手をつきリヒルトに被さった。はらりと滴る青い毛先。
「…なーんてな。野郎相手にムードなんざいちいち作ってられっかっての。俺のシたいことわかるデショ?おにーサン。」
至近距離の黒。無垢な金はわかりやすく怯えの色を見せた。
「なんっ…えっ、言ってる意味わかんな…っ!」
「やだねぇ、ジュンジョーぶるなって。男ならわかるだろーぉ?」
「ッ嫌だ、離せ…!」
血の気の引いたリヒルトが樂を押し返そうともがく。けれど腕を持ち上げた瞬間、ずし、と重力でも増したように身体が重かった。脈打つような頭痛がまた蘇る。ぐらぐら、ぐわぐわ。
「飲みすぎじゃねーの、おにーさーん?」
「っうそだ、いつもはこんなんじゃ…!」
「っはは、おっもしれー顔。種明かしついでにいーこと教えてやろうか。知らないオトナがくれる飲み物は気ぃつけな。」
ぱさ。見せつけるように透明な袋を投げ捨てた。中身は白い粉薬。
それをリヒルトが目で追った一瞬で、樂はリヒルトの耳を捉えた。

「ついでにもう少しイイコト、」
ぞわ、と神経を揺らす甘い声。
「教えてやるから、大人しくしてな。」








(どうせならイイ夢見ようぜ。)

fin.