「樂ー!ホワイトデーよこせよホワイトデー!」

「………は?」
意気揚々とてのひらを突きつけてきたアダに樂はぽかんとする。というか一人で来るなんて珍しいな。アダは構わずにぃやり楽しげに笑った。
「三倍返しだろ?よこしなー!」
「いやお前俺にくれてねぇじゃん。」
「なにを?」
「バレンタインチョコ。」
「うん。んで?」
…はぁ。ずきずき頭が痛んだ。
一体今どういう話になってんのか、聞きだすところから始めなきゃならんようだ。

「えーだって樂が言ったんじゃん。」
てっきり貰えて当然だと思ってたアダは、あからさまに唇を尖らせながら一ヶ月前の事を話し始めた。

『チョコだー!いいなー!』
『おいしそう…!』
『おーおー食ってけ食ってけ。こんな食いきれねーし。やれやれホワイトデーが大変だなーこりゃ。』
『ほわいとでー?』
『なんだ知らねぇのかお前ら。男から女にプレゼントする日だよ。しっかり三倍返しするのが男の甲斐性ってなぁ。』

…そういえばそんな事言った気もする。ろくに考えず適当言っただけだったので忘れていた。
「エスはなんにもくれねーから置いてきた。」
「ひでーなお前。今頃あいつ泣いてんぞ。」
「しーらねしらねー。なぁなぁ樂はくれるだろ?」
「お前なぁ…。」
樂は本日何度目かの溜息をついた。
「"返し"つってんだろ。貰ったお返しなんだよホワイトデーってのは。」
「んなの聞いてねーし!いいからよこせよー!」
貰えなさそうな気配を読みとったのかアダは意固地になり始めた。あーめんどくせぇこれだからガキの相手は…大体なんのギブもなく3倍テイクを貰おうとはふてぇ野郎だ。
と、言ったところでもはやアダには通じないだろうから。
じっとアダを見下ろすと、ふぅと溜息をついた。

「ガキにはこれで十分だろ。」
ぽむ、ぽむ。細くて柔らかいその髪へ、埋めるように手を乗せる。

アダは一瞬きょとんとしたが、すぐに八重歯を剥いて吠えたてた。
「ガキっつったな!ばか樂!ガキじゃねーつってんだろー!」
「はいはいガキじゃないガキじゃない。」
「ぜってーガキ扱いしてる!ナメてっとブッ殺すぞばか樂ー!」
「それは勘弁してくれマジで。」
命がいくつあっても足りない。
「…じゃあなんだ、大人だってのか?」
「わかってんじゃん樂。アタシらは大人だぜーお・と・なー。」
アタシらは無敵だからコドモじゃないんだぜ!
一気に機嫌よくなるアダに樂はぷっと噴き出した。そーいうところがガキなんだよ、なんて油は注がず呑み込んで。


「そんじゃ大人のお返しをしようか。」
代わりに意地の悪い笑みを口元に滲ませた。
指先で少女の顎をそっと持ちあげる。くいっと持ちあがったその小さな顔の、白い頬に。
唇を、当てる。
びっくり、して呆然とするアダを見やり、樂は目を細めた。
「…これで満足か?別嬪さん。」


「………。」
数秒ほどぽかーーんとフリーズするアダ。
我に返ってから、樂の足を思いっきり蹴飛ばした。
「〜〜〜〜〜ッ」
ちょうど向う脛に当たる身長差。クソ痛い。
「痛ッてぇ…おいいい加減にしろよこのクソガ」
キ、と言い終わる前にアダはいなくなっており。
慌てて見回すと、既に随分遠くへ走り去るアダが見えた。

(……んだよ、あいつ。)
走り疲れたのでアダは足を止めた。ぜぇ、はぁ。荒い息が肺に痛い。
(きしょくわりー。ケチだし。お菓子くれなかったし。やっぱあいつはばか樂だ。)
ぜぇ、はぁ。小さな身体がくったり木にもたれる。
疲れた。走りすぎた。だから。
ほっぺたが、あつい。

(……きしょくわりー。)







fin.