薄氷のような淡い色の空が、今日は少しだけ色が濃い。
庭の木々を包む陽光も、少しだけ温かいようだ。縁側の影から庭へ指を伸ばすと、照らされた指がじんわり温まる。
ぴちち。聴こえる鳥の声と柔らかい風。温くなった風が、芽吹き始めた青草を揺らす。
その青草を、さく、と草履で踏みしめて。蘭斗はゆっくり歩を進めた。庭に植えられたとある木へと。
「んなとこにいたのかよ大将ォ。」
割りこんだ声に振り向けば、柱に背を預けたラグナがじとりとこちらを見ていた。
「よぉ。来てたのか。」
「テメーが呼んだんじゃねェか。呼んだくせにいつもの部屋にいねーからよォ、探したぜェ?」
「あーわりわり。これ見せたくってさぁ。」
そう言って蘭斗はすぐ傍の、細身でねじくれた幹に触れた。
「……木?」
「そ。木。」
幹をそっと一撫でしてから枝に手を伸ばす。節くれだった枝をなぞってゆく指。その先で、膨らみほころんだ一粒の桃色に触れた。
「花咲いた。」
それは、咲き初めの寒桜。
まだ2分咲きにも満たないほのかな咲き具合だが、小さな花はしっかりと、春の訪れを告げていた。
「…花ァ?」
いかにも興味なさそうな、無遠慮な声がまた割りこむ。
「んだよ、嫌いか?」
「んー別に好きでも嫌いでもねーなァ。つかちっちゃくて見えねぇ。あー、探し歩いたら腹減ったー。」
呆れはてて眉をひそめた蘭斗だが、最後の一言に思わず噴き出した。
「ガキかよてめー。ったくよー…。」
あー腹立つ。せっかく呼んでやったのに。なんて言いながらも口元は笑っている。
ぴちち、とそこにもう一度鳥の声。枝に留まった鶯色の小鳥を見て蘭斗はくすっと笑った。
「お前はアレみたいだな。」
花を見るよりまず花の蜜をつつく、せわしないメジロ。
鳥と一緒にすんじゃねェや、なんて不平はさらりと無視する。
「こらお前、咲きたてなんだからあんま虐めんじゃねぇぞ?」
そう蘭斗が言うと、メジロは聞き分けよく飛び立って蘭斗の肩に留まった。良い子だなぁ、と指で撫でてやるとくすぐったそうに身をよじる。蘭斗はもう一度桜の幹に手をあて、優しく撫でた。
「今年は咲くの遅くって気を揉んだんだがな…」
撫でながら。一粒の花を見つめ。柔らかに、笑む。
「杞憂だったみてーだな。今年もいい花が見れそうだ。」

その蘭斗をやけに静かに、ラグナが見つめていた。少しだけ目を丸くして。
ん?と気づいた蘭斗が振り向いた。
「何だよラグナ。何見てんだ?」
「んー?お前見てた。」
にやり、とラグナは口元を綻ばせる。

「花はよくわかんねェけど、花見てるお前は可愛いなーって思ってよ。」

…たっぷり3秒、蘭斗はジト目で絶句する。メジロも呆れて飛んでった。
「…お前は…なんでそーいうこと臆面もなく…。」
「そーいうこと?」
「うっせ。もういい。この話はやめだ。」
手を当てた額が、燃えるように熱いのがますます腹立たしい。
漸く興味が湧いたのか、ひょいと庭に降り立って桜に近づいてきたラグナを、横目に見遣るのが精いっぱいだった。


「…毟んなよ?」
「や、さっき鳥が喰ってたからコレうめーのかと思って。」
「てめーはホントにメジロと同レベルだな…。」




桜人の


(ありふれたことも些細なことも、柔らかに綻ぶ。)

fin.