止める声も耳に入らない。止める腕も目に入らない。
ばんっ、と派手な音をたててラグナは襖を開け放った。
「ッ、お前…!」
室内にいるのは床に伏す蘭斗と、それに寄り添う雫。
雫が驚いてから苦い声を上げた。尚も噛みつこうとした彼を、雫、と蘭斗が呼びとめる。
「通してやれ。」
「ッ蘭斗さん、アンタ今どんな状態かわかって…!」
す、と赤い目が冷たい圧力を帯びた。びく、と雫が身じろぎする。
圧力に負け雫は口を閉じた。良い子だ、とでも言うように蘭斗は微笑すると、下がっていろと目配せする。わずかに拳を握りながらも、雫は部屋から立ち去った。
「…よぉ。」
ぱたん。襖の閉じる音の余韻が消えた頃、蘭斗は微笑った。
「久しぶりだな。」
「……。」
つか、つか。無言のラグナは珍しい。表情を見せないラグナも珍しい。
ラグナは黙ったまま蘭斗の元へ歩み寄ると、じっと見下ろした。

「…怪我、」
漸く零れた声色は硬い。

「したって?」
「ああ。」
「やられたのか。」
「ああ。」
「そんで、」
一瞬言葉が途切れる。

「このザマか。」
「…ああ。」

死ななかった。
只それだけ。
こいつの耳には入れたくなかったのになぁ。嘲笑うように蘭斗は思うが、無理だろうなって事もわかってた。
ノイズ混じりで途切れ途切れの記憶だが、自分を囲む皆の青ざめた顔をうっすら覚えてる。そして駆けまわる足音や飛び交う怒号を。

「…なんでやられた?」
感情の一切籠らない声。まるでユヤンのようなそれで、ラグナは訊いた。
それに少々背筋を冷やしながらも、蘭斗は答える。
「…ドジっちまった。」
「そのドジったワケを訊いてンだよ。」
「…あー…。」
ノイズ混じりで。途切れ途切れの記憶。掴みにくいそれをなんとか手繰り寄せると、ノイズのかかってない1コマの記憶があった。
それを少し遠い目で見て、苦笑する。
「よく、覚えてねぇなぁ…。」
雫に銃口向けられたのを見た、その後を。


がちゃっ

その瞬間。鳴った硬い金属音。
ぱちくりと蘭斗がまばたきすると、その眉間に真っ直ぐ向けられた銃口が目に入った。
「その目、」
そして燃えるように光り、蘭斗を射抜いている橙の瞳も。
「気に入らねぇなァ、その目。なんにも見てねェ目だ。テメーの事も、テメーの目の前のモンも、なんにも見てねェ目だ。気に入らねェ。」
てめーがやられたくだらねェ理由さえ、見えてねェだろ。
ぐ、と思わず蘭斗が睨み返すが、それすら容易く砕いてラグナは蘭斗を見据える。

「今のテメーに見えてンのは"死"だけだ。」
がちゃり。引き金が、鳴る。
「そんならお望み通り、殺してやるよ。」

蘭斗が目を瞠る。
ラグナは眉ひとつ動かさない。
真っ直ぐ腕を伸ばし、ぴたりと蘭斗の眉間を狙い、震えひとつなく滑らせるひとさし指。
ぞっと震えたのは、蘭斗だった。
「…ッラグナ…!」

それを聞いて。
ふっとラグナが目を瞠った。それからにぃっと笑みを浮かべる。
「…はーん。」
ちったマシになったか。そう呟いてラグナは銃をしまった。
「最初からそうしてりゃいいんだよ。お綺麗なガラス玉はめこんでんじゃねーぞ。」
その声も普段通りの、程良く力の抜けた音に戻った。
急な変化についていけなくて蘭斗はきょとんとしている。その間抜け面をラグナは小さく笑い飛ばし、指を銃型にしてひょいと向けた。
「死にたくねェだろ?」
震えを見透かしたように笑う。
「んじゃ生きろ。雑魚にやられてんじゃねェぞクソ大将。ちゃんとビビってちゃんと避けて殺り返せ。」

じゃねぇとまたブチ殺しに来るからな。ふざけた調子でそう言って、指で撃つ真似をする。
くるっと踵を返し襖まで歩いていく、その背中はいつも通りの軽いものだった。さっきまであった重々しい空気は霧散していた。
無造作に手をかけた襖がするすると開いていく。詰めていた息を蘭斗が吐きかけた瞬間。
…すぅ、と獰猛な流し目が寄越された。


「テメーが死ぬ時は俺に殺られる時、それだけだ。」


牙を見せる笑み。それは冗談か、それとも。
声を失う蘭斗の前で、ぱたん、と静かに襖が閉じた。





猛禽類のし方


(その時まで他の誰にも、やらねぇよ。)

fin.