「ッがぁあああッ!!!」

撃ち放たれた小ぶりな光球。それが額に触れた瞬間、凄まじい頭痛に襲われてラグナは叫んだ。
頭痛だけならまだマシだった。共に訪れるのは、頭蓋の中で無数の羽虫がはばたいているようなおぞましく身の毛のよだつノイズ。
耳を塞ぎたい手ががたがたと暴れた。頑丈な鉄枷に阻まれて。
「イイ声上げるねぇ、相変わらず。」
それを薄笑いで見下ろすキリト。無様にもがく様をただただ網膜に映し続けた。面白い。やっぱ面白いなぁ、コレ。
「…でもなーんか反応物足りねーなぁ。なーラグナちゃん?」
キリトは少し不満げに言うと、おもむろに腕を伸ばした。そして無造作にラグナの髪を掴む。
「あーそうだよなぁ、二度目となりゃ慣れちまうよなぁ。最初は気絶する程悦んでくれたのに、なぁ?」
「…!」
びくっ、と揺れた橙の瞳が怯えて見開く。初めて喰らった記憶でもよぎったかな?濃さを増す、キリトの笑み。
最初に『むしのさざめき』を浴びせたラグナはそれはもうイイ声で鳴いてくれて。
気を失ったソレを持ち帰るのは容易いことだった。今度は気絶しない程度に抑えてあげたから長く声を楽しめると思ったのだが。あてが外れたか。
「さーてつーぎーはー、なにしようかねぇー。」
まだ頭痛の止まないラグナの前で、キリトはのんびりと考え込んだ。
「あ、これとかどう?」
ひょいっ、とポケットから取り出した注射器を雑に上腕へ突き立てる。脈を狙いすらしない。刺さった先が肉でも脈でも骨でも構わないような雑さで。
案の定筋肉に突き立ったようで、弾けるように左腕が跳ねた。
どく、といやに大きな脈がひとつ。またたく間に肺が焼けるような痛みに襲われた。
「…ッ!!」
呼吸が苦しい。声が出ない。喉を押さえたい両手はやはり動かせず。血を吐きそうな咳をするので精いっぱいだった。
その間にも頭痛や羽音はひっきりなし。痛みに揺らされすぎた脳が麻痺し始めた。気が遠くなってくる…。
「あっれ。『どくどく』でこんなもんかよ…さてはお前毒慣れしてる?」
んだよつまんねーなー。ぼりぼりと頭を掻くキリトにラグナは視線を凍りつかせた。理解のできないモノに向ける視線だ。その目つきだけは、期待以上にキリトの心をくすぐった。
「あと何があるっけなぁー…死んじゃつまんねーしなぁー。」
なーラグナちゃん。何して欲しい?
指で頬をなぞればびくっと震えるのがわかる。あー、やばい。キリトは口端を吊り上げた。面白い。やっぱ面白い。
「…あ、いいこと思いついた。」
これは結構面白いんじゃね?そう呟きながらキリトが机に触れる。その手がぼんやり橙に光り、一気に数千度まで『オーバーヒート』する。

鉄製の机と枷が、瞬時にオーブンと化した。

「ッッあ゛ああああああああああああああああああああ!!!!!」
今度という今度は。獣が上げるような絶叫が迸った。
…ぞく。全身の肌がゆっくりと粟立ち、脊髄がぞくぞくと震える感触をキリトは堪能した。目を見開き、もう隠すことなくにぃやり嗤った唇から震える嘆息を吐きだした。
ああ、ああ、嗚呼。イイなぁ、コレ。すごくイイ。面白い。面白い。
きっといじくればいじくる程新しい顔を見せてくれるだろう。キリトが想像すらしないような変化をたっぷりと。
なんて面白い、オモチャ。
愛おしげにすら見える程に、恍惚と、キリトはラグナの頬へ手を伸ばす。

ばきぃんッ、という音と共に。
伸ばした手が下から思いきり弾かれる。
それは伸ばしたラグナの右腕で。鉄枷を力ずくで引きちぎった右腕で。
そこに握りこんだ銃口と射殺さんばかりの凶眼がキリトへ叩きつけられトリガーに指が。

弾は寸分違わずキリトの頭へ。
派手な爆発音と土煙が部屋を埋めた。肩で息をするラグナが油断なく睨みつけていたが、力尽きた腕ががくりと落ちる。


「…は。」
土煙の中から。
笑い声がした、とラグナが気づいた頃には、その四肢と首に小さな『ほのおのうずが絡みついていた。
煙から腕が伸びてきて髪を掴み、がんっと机に打ちつけた。這い出た無傷のキリトが壊れた笑みを近づける。
床に散らばる『ひかりのかべ』の破片は、ラグナの位置では見えようもない。
「お前…お前面白い。お前マジ面白い。ほんと退屈しない…。」
うわ言のように。熱に浮かされたように。耳元で呟き続けた。
「もうしばらく俺のでいなよお前。いいだろ?手離せる訳ねぇよこんなの…。」
途切れ途切れにくつくつ笑うキリトの、その笑みがますます壊れていった。肩が震えている。



「お前を知りつくすまで、さぁ。」

がたがた、髪を掴む手が興奮に震えた。





specimen case


fin.